家庭訪問

私は迷っていた。明日は子カバ(二女)の家庭訪問の日。
普段なら来客の前日には必ず部屋の掃除、整理整頓をするのだが 今回の家庭訪問に際して先生から、「玄関先だけで失礼しますので」と子カバを通して連絡があったからだ。 しかし以前、この言葉を信じて玄関先だけ掃除しておいたら、“では失礼しま〜す”と言って、 中に入ってこられた経験が2度ある。

勿論、普段からキレイに整理整頓していれば迷う事なんてないんだろうけど、 なにせ、家は狭くて来客用の和室なんてないし、台所を通って茶の間にお通しする事になるので、 来客前日の掃除、整理整頓は大変なわけで・・。 それでも「毎日掃除してりゃ〜、ちょっとで済む事だろう」と言われりゃ〜あーた、それまでだけどさ。
でも毎日毎日キチンと片付いてる部屋って、なんか居心地悪いよねぇ?(^^;

って事で結局、家庭訪問の当日はいつもと同じ程度の軽い掃除で済ませておいた。 そして先生が来るまで茶の間に置いてあるパソコンに向かい、コーヒーでも飲みながら 実にお気楽気分でいたのだった。

ピンポーン♪
インターホンの音と共に子カバが子供部屋から私の元に走ってきて急かした。
「先生だよ!早く、早く出てよ!」。
私は、へぇへぇ〜っと返事しつつ、よそ行きの服装でありながら、さも普段も着ているかの様に 見せかける為(アイロンをかけた)エプロンをその上から掛けた恰好で玄関のドアを開けた。

先生「どうも!こんにちは〜」
私「どうも、いつもお世話になっております〜」
私はそう言った後、深々と頭を下げて先生を見ると、先生は既に玄関先で靴を脱ぐ体勢になっていた。
!ぬぁにぃ〜!・・2度ある事は3度ある・・やっぱり中にお入りになるのね・・
動揺しながらも平然を装い、「あっ、どうぞどうぞ〜」と言ってしまう私であった。

しかし、どうぞと言ったものの、台所のテーブルの上には新聞や雑誌、コップとかが散乱していたし、 茶の間に置いてあるパソコン画面には、さっきまで見てたページがそのままだったので私は慌てた。
先生より先に茶の間に行って客用座布団を押し入れから引き出し、急いでパソコンで開いてたページを閉じ、そこで飲んでたコーヒーカップを下げた。もうこの時私は動揺を隠せないでいた。

先生はゆっくり茶の間に入ってきた。そして入るなりこう言った。
「おっ!スティーヴイじゃないですか?これスティーヴィでしょ?」と。
ページは閉じたけど電源が入ったままのパソコン画面にはスティーヴィ・ニックスの妖艶な姿があった。 先生は用意した座布団に座らず、立ったままの姿勢でニックスだらけのパソコン画面を見つめている。

こんな事思うのは自分だけかも知れないが・・・他人にいきなり自分のパソコン画面を覗かれるのって、私はすご〜く嫌なのである。PCの壁紙やアイコンを全て自分の個人的な趣味で飾っているんだけど、 それらをあからさまに他人にいきなり見られるのが嫌なのだ。

私はまた慌てた。「えっ?・・あっぁぁ、そうですそうです!先生、ご存知なんですかぁ?」と言いながら私は素早く麦茶を入れてテーブルに御出しした。先生はそれに気が付いて、パソコンのとこからやっと 茶の間のテーブルに落ち着いてくれた。
と次の瞬間、
「あっ!クイーンじゃないですかぁ!」と言った。

先生が座った真正面には、クイーンのポスターが貼ってある。その横にはロジャーから貰ったサインが額縁に入れて飾ってある。・・っとここまでは見られても構わなかったが・・・そのすぐ下にはCDラックがあって、 CDは結構な枚数であり、ちゃんとラックに納まってはいないのだった。至る所で山積みになってるし、 おまけに歌詞カードまで山積みになってたりする。またその横にはテレビがあり、そのテレビ台のガラス面には、 クイーンの2種類の大きなロゴ・シールが貼ってある。(自分だけはそれがカッコイイと思ってるわけだが) 極めつけにその横のオーディオ・ラックの一番下の棚にはクイーンのLPやビデオが所狭しとゴチャゴチャの状態だった。

。。見られるんだったらCDもビデオも全部ちゃんと整理整頓しといたのにぃ〜!。。

しかし、先生の次なる意外な発言はかなり嬉しかったし、ちょっと救われた。
「実は僕、クイーンのファンなんですよ〜!!」
「えっ!?そーなんですか?・・・」
先生は私に強く頷いて、CDラックに無造作に置かれてるそれらを覗き込む様にして 「実は僕の弟もクイーンのファンなんですよ、LP盤は全部もってますよ」と少し興奮気味に応えた。

今年、子カバの中学に新任で入ってきたこの先生。
その時に先生は自己紹介で「今度○○中学から来ました、○○と申します、歳はこう見えても二十歳です〜」と言って、クラスのお母さん方全員の引きつった笑いを浴びたのである。正直言って私もそれで、この先生オヤジ臭いという印象を持っていた。

クイーンのファンだと言うのを聞いて、思い切って私は先生に本当の歳を訊いてみた。 先生は苦笑いの表情で「いゃぁ〜クラスではいつも二十歳って言ってるんですけどねぇ」と、 私の隣りに座ってる子カバを気にしていたが、私も子カバもその時の表情は「んなこたぁーどうでもいいよ!」 と急かした感じだったと思う、ぃゃ絶対そうだった。
先生は、うーん仕方ないなって感じで実年齢を言った。
・・私と同じ学年だった。
後で知った事だが、子カバは、明日学校で友達皆に言ってやろ〜!とニヤけていた。

同じ学年、同じ洋楽好きとなれば学生時代によく耳にしたバンドやレコードも話が合う。 クイーンは勿論の事、懐かしい70年代のバンド名が次から次へと飛び出し、印象に残ってるアルバム・ジャケットの話にまで盛り上がった。

ふと、時計を見ると予定時間をかなり過ぎていた。
先生は「どーもすみません、僕は一体今日何しにきたんだか・・はっはっはっ」と笑った。 子カバに関しては学校で何の問題もないって事で、子供に関する話は3分ほどで終った。 そして帰り際、先生は「また今度じっくりクイーンの話がしたいですねぇ」と言った。
私は笑顔で挨拶して静かにドアを閉めた。

先生が部屋の中に入ってきて、かなり慌てたけれど、家庭訪問でこれだけ先生と会話が楽しく弾んだのは 初めてだった。でも子カバが後でこう言ってきた・・

子カバ「二人でマニアックな話ばっかりして、ワタシは退屈だったよ」
私「ごめんね、でも今度の先生はきっと良い人だよ、なんでかって言うとね・・」
子カバ「クイーンファンに悪い人はいないって言いたいんでしょ!」

よーわかっとるやん!・・勉強もそのくらい物分かりが早いと良いのにねぇ〜

"期末がんばれよぉ〜"(^o^)/

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