クリスマス・ケーキの想い出

私が小学生の頃、クリスマス・ケーキと言えば「バタークリーム」が主流で、生クリームはまだ高級品 扱いされていた。それから「アイス・クリーム」のケーキというのも高価で、中学生になってからだったが、これを親にねだりにねだって、 一度だけ買ってもらった事がある。でも・・・食べきれなかった。
アイスクリームは小さいカップに入ってて、それを木のサジでチマチマと食べるのが美味しくてちょうど良いのであって、 皿に盛られたヤツをフォークで食うもんじゃないなと後悔した。(親も“ホラごらん、食べきれないでしょーが!”と怒ってた)

それから時は経ち、私がパン屋の会社に途中入社して3ヶ月程経った頃の事。
そこで初めてのクリスマス・シーズンを迎える少し前になって、社員全員に「ケーキ」のセールスにノルマがある事を知った。 そこでの私の仕事はコンピューターのオペレーターをしていて、いわゆる本社と呼ぶその職場から売り場の方に移動する事は ほとんどなく、あったとしても新店オープンの時だけ現場に応援に行くぐらいだったし、でもその時も「焼き立てパン」を売るのが主流で、 ケーキは売り場の片隅にあるぐらいしか記憶になかった。しかしクリスマスになるとパンはお休みしてでも総力あげてケーキを売り込むという事を、 その時初めて知ったのだった。
しかも一人「75個」も売らなきゃいけない。と同時に、過去最高の個人売り上げ数がなんと500個以上だという事も知って驚いた。

どうやったらそんなに売れるんだろう?と、自分の直属の先輩に訊いてみたら、お得意先が全部個人じゃなくて企業単位だからだと言うのだ。 私は働き始めたばかりでお得意先の企業なんて当然1つもなかった。不安そうな表情をしていた私に、先輩がこう言った。 「君は今年初めてだから、1社僕が紹介してあげるよ」と。私は嬉しくて何度何度もその先輩に感謝を告げた。

その夜は「案外100個くらい売れちゃうかも。」などとノルマ達成を夢見て過ごした。・・が! 翌日、地図を頼りにその紹介された会社の建物を見て、不安になった。そしてその会社の入り口らしきドアを開けた瞬間、 その不安は的中した。私の目はそこに居らっしゃる頭数を瞬時に数える事が出来たのだった。

えっ!うそ・・8?・・
私は焦りを抑えながら挨拶をして周り、予約票を配り終えた。 再び会社に戻る帰り道、つくづく思った。「ちぇっ!そんなに世の中甘かないよなぁ〜」と。そして会社に着いて、紹介してくれた先輩に 再び感謝を告げた(今度のは義理で)。そしたらその先輩がにっこり笑って「予約票全員取れただろ?じゃ今夜飲みに行かない?」と言ってきやがった! その時、たった8個でこの先輩に借りを作ってしまった事を悔いたと同時に「世の中は厳しいのだ」という事も悟った。

街中でクリスマス・シーズンが色濃くなるに連れ、予約票の束を持つ自分の手に力が入る。 ケーキの種類は一番安くて500円だったが、売上金のノルマもあって、2000円(予約すると1割引になって1800円)のケーキを 多く売らないと金額のノルマも達成できない。
私は友達や旧友、他県に住む親戚や知人にまで電話しまくった。またその友達の友達、友達の知人や親戚までも紹介してもらったが、 その辺になってくると「予約するから家まで届けてもらえる?」と言う交換条件を呑まなければ取れなかった。 結構遠方地区もあったがノルマ達成の為には配達せざるを得なかった。

ケーキの予約締め切り日前夜、私が取れた予約票はその時点で71だった。数のノルマにあと4個足りなかったし、金額のノルマでは 後1個分の1800円ほど足りなかった。しかし、会社には予約届け出数を75個として出した。

12月23日。朝から配達が始り、会社内では誰もデスクになんか座っちゃいない。というか出社しない。ほとんどの人がこの日から2日間は 直帰(配達が終ったらそのまま帰宅)する。 私もこの日から他県まで配達に走った。当時私は車の免許をまだ持っていなかったので、電車で配達した。 高さ約15cmのケーキ箱を5段重ねにして紐で縛り持ち運ぶ。しかし電車内は暖房が効きすぎて生クリームがいたみ易く、 溶けてしまうので車両の中には座れない。ドア口に立って、しかも乗車客の邪魔にならない様に駅に着く度に、 5段重ねの4つ(合計20個)を持ち上げる。(注:遠距離電車は車両と車両の間に出入り口がある)

この肉体労働のピークは何と言ってもイブの24日だった。私が取った予約の配達は全て24日指定だったし、 遅くとも夜7時までには届けなければならなかった。その為、この日私は友達に頼んで車を出してもらった。 市街地に入ると小雪が降ってきたが、でもケーキの為に車のヒーターは極力おさえてもらった。
車に載せられる個数には制限があるので何度か工場と配達先を往復して、全てを配り終えた時、夜8時を過ぎていた。 (車を出してくれたこの友人には未だに頭が上がらない)

その後私は会社に戻って前日から2日分溜まった通常の仕事を確認し、急ぎの分をやる為マシン室に入った。 皿みたいなテープをセットしてモニターを見つめながら思った、「あと4個、行き先のないケーキが残ってんだよなぁ」と。
10時頃に会社を出て、いつも通るアーケード街に入るとクリスマス・ソングが耳に飛び込んできた・・。 去年までとは全然違うクリスマス・イブ。別に去年もその前も、あまり楽しいクリスマスを過ごした訳ではなかったが、 子供の頃にずっと食べたかった生クリームのクリスマス・ケーキが今、手元に4個もあるのだ。 「どうしよう」というセリフとクリスマス・ソングがごちゃまぜになって頭の中で鳴り響いた。

アパートに帰宅して、まず集金袋を確認する。当然、自腹を切って1800円をその袋に足し、封をして詳細を記し バックに入れた。それから視線は4個のケーキに向いた。
同居してる姉は(当然)出かけていてまだ帰宅する気配はない。 とりあえず私は、遅い夕食をとる為に近所の定食屋に行こうとした時、ふと気が付いた。その定食屋に小学生くらいの子供が居たことを。 イブのこんな時間にケーキはもう不要かも知れないけど、貰ってくれるなら有り難いと思い、2個持って行った。
店の御主人は私の心配をよそに「えっ、タダで2個も貰っちゃっていいのぉ〜?」と嬉しそうな顔して言って下さった。 そしてその時の、野菜炒め定食には、いつもより肉が多かった。・・嬉しかった。

帰宅してから一人で残りの2個のケーキを開け、サンタの蝋燭に火を点けた。
子供の頃やってた様に、フォークを使わず指で生クリームをすくって食べてみたけど、 あの頃の味とは違った。その内に、蝋が溶けてきてサンタの顔が変な表情になった。 その時、笑っていいのか泣いていいのか分んなかった。

・・という、私のある年のクリスマス・ケーキの想い出でした。

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