クリスマス・ケーキの想い出 私が小学生の頃、クリスマス・ケーキと言えば「バタークリーム」が主流で、生クリームはまだ高級品
扱いされていた。それから「アイス・クリーム」のケーキというのも高価で、中学生になってからだったが、これを親にねだりにねだって、
一度だけ買ってもらった事がある。でも・・・食べきれなかった。
それから時は経ち、私がパン屋の会社に途中入社して3ヶ月程経った頃の事。
どうやったらそんなに売れるんだろう?と、自分の直属の先輩に訊いてみたら、お得意先が全部個人じゃなくて企業単位だからだと言うのだ。
私は働き始めたばかりでお得意先の企業なんて当然1つもなかった。不安そうな表情をしていた私に、先輩がこう言った。
「君は今年初めてだから、1社僕が紹介してあげるよ」と。私は嬉しくて何度何度もその先輩に感謝を告げた。
その夜は「案外100個くらい売れちゃうかも。」などとノルマ達成を夢見て過ごした。・・が!
翌日、地図を頼りにその紹介された会社の建物を見て、不安になった。そしてその会社の入り口らしきドアを開けた瞬間、
その不安は的中した。私の目はそこに居らっしゃる頭数を瞬時に数える事が出来たのだった。
えっ!うそ・・8?・・
街中でクリスマス・シーズンが色濃くなるに連れ、予約票の束を持つ自分の手に力が入る。
ケーキの種類は一番安くて500円だったが、売上金のノルマもあって、2000円(予約すると1割引になって1800円)のケーキを
多く売らないと金額のノルマも達成できない。
ケーキの予約締め切り日前夜、私が取れた予約票はその時点で71だった。数のノルマにあと4個足りなかったし、金額のノルマでは
後1個分の1800円ほど足りなかった。しかし、会社には予約届け出数を75個として出した。
12月23日。朝から配達が始り、会社内では誰もデスクになんか座っちゃいない。というか出社しない。ほとんどの人がこの日から2日間は
直帰(配達が終ったらそのまま帰宅)する。
私もこの日から他県まで配達に走った。当時私は車の免許をまだ持っていなかったので、電車で配達した。
高さ約15cmのケーキ箱を5段重ねにして紐で縛り持ち運ぶ。しかし電車内は暖房が効きすぎて生クリームがいたみ易く、
溶けてしまうので車両の中には座れない。ドア口に立って、しかも乗車客の邪魔にならない様に駅に着く度に、
5段重ねの4つ(合計20個)を持ち上げる。(注:遠距離電車は車両と車両の間に出入り口がある)
この肉体労働のピークは何と言ってもイブの24日だった。私が取った予約の配達は全て24日指定だったし、
遅くとも夜7時までには届けなければならなかった。その為、この日私は友達に頼んで車を出してもらった。
市街地に入ると小雪が降ってきたが、でもケーキの為に車のヒーターは極力おさえてもらった。
その後私は会社に戻って前日から2日分溜まった通常の仕事を確認し、急ぎの分をやる為マシン室に入った。
皿みたいなテープをセットしてモニターを見つめながら思った、「あと4個、行き先のないケーキが残ってんだよなぁ」と。 アパートに帰宅して、まず集金袋を確認する。当然、自腹を切って1800円をその袋に足し、封をして詳細を記し
バックに入れた。それから視線は4個のケーキに向いた。
帰宅してから一人で残りの2個のケーキを開け、サンタの蝋燭に火を点けた。
・・という、私のある年のクリスマス・ケーキの想い出でした。 |