B&R・TVインタビュー(2) ( No.1 ) |
- 日時: 2005/12/25 15:01
- 名前: メイド院
- 参照: http://wwry.ru/downloads/video/week_after.wmv
司会:ところで、あなた方がここに来てくださった一番の理由のひとつでしょうけど。 「フレディ・マーキュリー」の人生と過去がマスコミに取り沙汰されてる。それらの評価について何が 正しいのかそうでないのか、考えを聞かせてください。あなたからどうぞ。
R:いくつかのテレビレポートや記事の中にはすごく腹立たしいものがありますね。誰も本当のフレディの ことを知らないのに、虚像を作り上げてしまった。彼は非常にプライバシーを重んじる人で、 (マスコミは)すべての事実を間違えて捉えてたし、フレディがどんな 人間なのかを見落として しまったんだと思う。素顔のフレディはシャイで、穏やかで優しい男だった(shy, gentle, kind)。 ステージ上で見せるような人物像とは違ってた。ご承知のように彼はエンターテイナーだったんですよ。 フレディを看取った親しい友人たちは、そうした英国のプレス報道、特にタブロイド誌がフレディに ついて書いているものを目にしてとっても怒ってますよ。
司会:そうですね。彼をデカダンでワイルドでバイ・セクシャルで恋愛については無責任だというような言葉で くくってしまって人物像を描くのは誤っていると感じますよ。では、真実はどうだったのでしょうか。
B:そういう記事は非常に腹立たしいですね。僕らが知っているフレディは、ワイルドでも淫乱でもなかった。 それに一部で言われているようにドラッグで感染したとかいうこともないんです。私生活でフレディは 身近な存在にある人たちに対して、とても責任ある態度をとっていたし、彼はこれ以上はないというくらい、 思いやりがあって寛大でした。彼が一つの恋愛が終わって新しい恋愛が始まるときにもいつも・・・ そうですね、僕が思うに、人の人生に傷を残すということをよく理解している人でした。
司会:彼自身の個性そのものに、現実から派生したいくつかの挿話を作り上げる特異性があったといえるのでは? 言い換えると、現実にステージでは偉大なショー・マンであっても、オフステージでは限りなく 個人の生活を大事にする人だった。そうとは言えませんか?
R:そのとおりですよ。誰も舞台の裏側にまでは踏み込めない。大部分のタブロイド誌は信じられないくらい 酷いもので、先週「ミラー」を読んだけど気分が悪くなるようなものだった。内部事情は分からないから、結局は 間違いと嘘ばっかりなんだよ。 フレディは亡くなる18ヶ月前からプレスにつきまとわれていた。僕らはこの国のプレスはどうにもならない っていう結論には達していたけど、それにしても家の外にはいつも取材陣がいるから、彼は人生の 最後の18ヶ月間をずっと自分の家にこもって囚人のように過ごさなきゃならなかったのです。
(3)へつづく
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Re: B&R・TVインタビュー(3) ( No.2 ) |
- 日時: 2005/12/25 14:44
- 名前: メイド院
- 参照: http://wwry.ru/downloads/video/week_after.wmv
- 司会:何年か前にお二人ともこの番組には出ていただいてましたが、フレディがもっと前からインタビューや
取材に応じていたら、そういう事情は違っていたとは思いませんか?
B:必ずしもそうだったとは言えませんね。反対したかどうかは分かりませんけど。フレディには自分のやり方って ものがありましたよ。フレディはずっと早い時期から自分の人生は、自分らしく生きるということを決めていました。 僕らは同じグループにいたけれど、彼の人生は彼のものであり、どう対処するかも彼の意志を尊重すべきだと 考えました。最後に苦しんでいた時にも、彼はそれは自分自身の問題だという態度だったんです。 ある意味、僕らは友達同士でありながら、さるぐつわをはめられていたようなもので、苦しかった。 それがはずされて、今は僕らがどんな気持ちかをオープンに話ができるようになった訳ですけどね。
司会:ロジャー、おもしろいことを言ってましたね。あなたが知っているのも本当のフレディではないと。
R:僕らはグループとしては22年間いつも一緒にやってきて、すごく近しい存在だったのは確かだよ。 でもね、僕らでさえフレディについては知らないことは沢山あるよ。彼には謎も多かった。言っておきますけど、 僕らは絶対的にフレディの味方です。彼はもう自分を弁護することができないんだからね。
B:ほんとそうだよね。誰かが死んだ時に、人の口に戸は立てられないし、この国では、私生活についても ほとんど隠すことができない。たくさんの人が自分たちはフレディの為に何ができるだろうって言って くれるんだけど、ひとつ出来るとしたら、個人の思想や何かが守られるように法律を変えるよう訴える ことじゃないかと思うな・・・。
司会:国の情報については公開までに25年とか50年とか一定の期間が定められていますけど、人の場合は、 亡くなった瞬間にいきなりオープンになってしまうっていうのは興味深いでことですね。
B:そう、まったくその通りでね、生きてる人間の為にだってプライベートな部分を公開しようとする人を止められる 法律はこの国にはないんだ。フランスでは国民のプライベートなことを生きている間に活字にすることは 出来ないんですよ。
司会:あなた方がここに来てくれたのは、何もわざわざ早起きして「朝の番組」に出たかった訳じゃないですよね。 頭に来ることがあってここに来たっていうのが正直な気持ちですね?
B:・・・・ええ。 R:あの〜、それだけじゃないけど、僕らの気持ちとか、誰かが説明する必要があると思ったし、フレディが 遺してくれたものとか、僕らに何が出来るか考えてのことなんだけど・・・。
B:話したいことは沢山あるんですよ。フレディは亡くなる前に、自分はAIDSだということを公表する という重大な決断をしたんです。ものすごく勇気あることだったし、時期をわきまえた行動だった。 僕らのような近しい人間がAIDSについて話すときの重要な武器(手段)を与えてくれたことになるんですから。 彼にとっては死亡診断書に「肺炎」とだけ書いてすませるのは難しいことじゃかったにも関わらず、 自分はこういう病気になりましたと明言した。大事なことは、それは恥でも汚名でもないと、 パニックになって何かとんでもない間違いをしでかしたとかいう問題じゃないんだってことだから。 いまや、すべての人が考えなきゃならないことなんです。
司会:このあとまたお話を伺いますが、ところで、あの類い希なショー・マンはどうやって確立されたかを 伺いたいんですけど。彼のバックグラウンドが影響してる?
R:う〜ん、難しいなあ。フレディにはフレディにしかないものがあって、とにかく個性的で、 えっと、分からないなあ。そうだな、とどまるところのない・・・。
司会:いわゆるスポーツとか音楽の才能のある人たちのように、私たちがちょっとでも 分けて欲しいなと思うような・・・。
B&R:そう。彼はたった一人っきりの(誰にも似てない)天才だよ。
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