長編小説

ノーフォークの春(前編)

暖炉とコーヒーカップと寒い友達と

序章

ロンドンから北東へ約500マイル、北海に面したノーフォークに向けて車を走らせる。
イギリスの西岸はメキシコ湾流の影響で冬でもあまり気温は下がらないが、東岸は12月ともなれば凍えんばかりの寒さだ。

停滞するイギリスの経済成長に、追い討ちを掛けるかのように降り注ぐ雪の中、不安にかられながらアクセルを踏み込んだ。

二人がインスタグラムにあげた写真を頼りに。

12月31日 06:29 (日本時間 同日15:29)

口の周りにたくわえた髭がいかにも北国の生まれを感じさせる。
以前は熊のようだとささやかれた身体も、昨年より幾分体重が減ったせいか、動きが軽く感じられる。

雪が強く降り注ぎ、寒さが一層増すと同時に、暖炉に焚べる薪割りも、男の太い腕により勢いを増す。

わけのわからない「ボヘミアン・ラプソディー2」の脚本も、お騒がせした“これが最後かも”発言も、この焚き木のように拾い集めて燃やしてやるさ。

そうだ、長年世間から反響のないソロアルバムたちを暖めてあげよう。
そんな思いがかつてはニ枚目だったであろうその男の笑みから感じられる。老いぼれてなるものか!

北の街ではもう 悲しみを暖炉で

燃やしはじめてるらしい

理由(わけ)のわかならいことで 悩んでいるうち

老いぼれてしまうから

黙りとおした 歳月(としつき)を

ひろい集めて 暖めあおう

    ノーフォークの春は何もない春です。

12月31日 14:08 (日本時間 同日23:08)

先ほど到着したばかりの長身の男は、暖炉に一番近い椅子に腰掛け、寒さで凍える手をコーヒーカップで温めている。


「コーヒーカップで紅茶とはちょっと味気ないね。」

「まあ、そう言うな。もう一杯どうだ。たしか角砂糖は一つだったね。」


雪をはらい忘れたと勘違いさせるくらいに真っ白に染まったカーリーヘアのように、くるくるとスプーンで紅茶をかき混ぜる。


どうであれ夏の「スターフリート」のMVリマスター作業を懐かしむことで、体調不良から来る煩わしさも砂糖のように溶けてゆく。

懐かしさの数だけ微笑むことで、顔面に広がるシワが、より一層増えていることには気づかずに。

君は二杯目だよね コーヒーカップに

角砂糖をひとつだったね

捨てて来てしまった わずらわしさだけを

くるくるかきまわして

通りすぎた 夏の匂い

想い出して 懐かしいね

ノーフォークの春は何もない春です。

12月31日 14:25 (日本時間 同日23:25)

スピーカーから流れるのは、Don't Try So Hard。


「この曲、いいよな。心のリセット、救われるよ。」

「ここ数年嫌な話題が多いけど、この曲を聴くと乗り越えられるね。」


若い頃はツアーとパーティー三昧、仕事もライフスタイルも自分たちは自分たちのやり方を守りとおした。


「俺たち若かった、いや甘かったかな。」

「強がっていたけど、売れなくなることに臆病だったのかも。」


マスコミにも身構えることなく、自然に生きることを学んだ二人は、最高の友人と共に過ごす、いま、この瞬間の幸せに浸った。

日々の暮らしはいやでも やってくるけど

静かに笑ってしまおう

いじけることだけが 生きることだと

飼い慣らしすぎたので

身構えながら 話すなんて

ああ おくびょう なんだよね

ノーフォークの春は何もない春です。