Mikanの日記〜別冊〜

この部屋に引っ越してきて半年が過ぎた。

去年の夏に作った“ダンボール団扇”は隙間風が入る窓枠の端に

ガムテープでとめられている。



1週間程前に水道管が凍った。その後すぐ解凍できたものの、

それ以来、錆びの様な茶色のツブが水に混ざって出てくる様になっていた。

それに、外も水道管がむき出して伸びているからか、凍って出なくなる日も多くなった。



もうすぐ立ち退かなきゃいけないこの古家において、水道管の交換なんて意味ない。

家主のお婆さんは立ち退き先が既に決まってるのか、留守がちだった。



駅前広場の水道からバケツに水を汲んできたり、出勤30分前くらいに出て、

駅ビルのトイレの洗面所で、歯磨き洗顔したりしていたけど、

2月の下旬になってから本格的に引越し先を探し始めた。

資金は月々の貯金と冬のボーナスの残りを合わせれば充分イケる。



− 家賃2万6千円 −

という1DKのアパートを同じ区内で見つけた。

間借りしている所から駅を挟んで反対側に歩いて20分くらい。



不動産屋の人と約束していた日に、それを見にいった。

2階建て全8世帯で、1階の端っこの部屋。



  玄関のドアには郵便受けが付いてるし、ちゃんとした玄関ドアだ!



  玄関を開けると、ちゃんと玄関口がある。んで、部屋に上がる段もある!



  窓も全部サッシだし、台所にはガスコンロが置けるキッチン台もある!



  窓を開けると50cm程の幅のバルコニー!その上には洗濯干し用の金具もある!



  おまけに、このアパートは玄関入り口横に、洗濯機を置いて良いんだって!



  それに、それに、なんとお風呂が付いてる!しかもトイレは洋式!



  壁は白いし、畳は青々としてキレイだし、台所の板ばりは軋まない!

ぁぁ、なんて贅沢な部屋なんだろう!今払ってる家賃より1万円高くなるけど、

いきなりこんなグレード・アップしちゃっていいんだろーか?

でも、こんなアパートに住めるんなら、なんとか切りつめて頑張るぞ!と思った。



その日早速、契約を済ませた。

間借りの部屋に戻っても頭の中はあのアパートの事ばかり。

家主のお婆さんに連絡して、引越しの日も伝えたし、

引越しは叔母から自転車を借りて、それに載せられる物は往復して自分で運び、

ベッドとタンスは叔父がまた知人からトラックを借りてきてくれる事になっていた。



引越しの前夜。

カーテンを外し、ベッドを解体して、ダンボール箱に荷造りをしていた。

荷造りと言っても元々大してこの部屋に荷物はないが・・。

その時にずっと聴いてたレコードは、クイーンの一番新しい LP「THE GAME」。



銭湯も今日で最後かも・・そう思うとつい長湯をしてしまったし

それまで恥かしくて番頭のオバサンに軽い会釈しかしてなかったのに

「どうもありがとうございました、いいお湯でした」と声に出して言えた。



いつもの様に銭湯に行く前にコイン・ランドリーに入れておいた洗濯物を取りに

そのドアを開けた。

引越したらリサイクル店で洗濯機を買うつもりだったので、一度は使ってみようと

奥にあるガス乾燥機を初めて使った。乾燥機は200円もする。

乾燥機の蓋の丸い窓から時々炎が見えて面白かった。



寒風の中、温かい洗濯物を顔とか手にスリスリしながら抱えて部屋に戻った。

荷造りを終えたその部屋は、去年引っ越してきた初日の日と同じ、

ガランとしていた。

でも、その時の自分と今の自分はちょっと違うぞ、と思った。

たった7ヶ月しか経ってないけど、まだ未成年だけど、ちゃんと自分で歩いてる。



引越し当日。

家主のお婆さんにお茶菓子を差し出して、きちんと御挨拶をすませた。

2ヶ月後には撤去されるこの古家に、たくさんの思い出が詰っているであろう事が

その時のお婆さんの涙顔から伝わってきた。





この古家を出て行く時、からっぽの部屋に向かって言った最後の言葉、

「いろいろありがと、忘れないからネ、バイバイ」

                                         で、この日記はおしまいです。(^^)

今にして思えば、2万6千円のアパートは普通かと思いますが、
スタートした部屋が部屋だけに、あの時はとても贅沢なアパートに感じました。
でも、そのアパートに引越してから家賃が1万上がった訳ですが、同時に生活費もかなり上がり、
「贅沢なアパート」は「贅沢な暮らしになるアパート」なんだと知る事ができました。
それは、間借りしてたお陰で、18歳の自分が得られた「基本的」な事ですけどね。

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